音楽療法の効果を検証するーマルチベースラインデザインー②

投稿者: | 2018年5月9日

前回,「音楽療法の効果を検証するーマルチベースラインデザインー①」で,音楽療法士のウタコさんが,
音楽療法を実践して,研究したい,という内容だった。
今回は,それの続きで,実際にどのようにして分析ができるのか,書いてみる。

効果の検証

音楽療法をはじめて,2か月くらい経ちました。
参加している利用者さんは,毎週月曜日の音楽療法の時間を楽しみにしています。

リサさんとアキラさん,ウタコさんは3人で,音楽療法について話しました。
「なんか,音楽療法をはじめて,Aさんは活き活きとしてるよね。」
「もともとAさんは,歌うのが好きだったしね。他の人たちもなんか雰囲気変わった。」
「うん,週に1回しかやってないのに,明るくなって,他の利用者さんともよく話すようになった気がする。」

ウタコさんも言いました。
「はい,プログラムには今日おもしろかったことを言ってもらったり,おもしろい歌も入れています。それをネタにレクの時間もAさんは他の利用者さんと話せるようになってきたことがわかりました。」
「うんうん。」

アキラさんが,はっとして言いました。
「すごくいいと思うんだけどさあ。利用者さん同士の会話が増えたのは,音楽療法の効果,って言えるのかなあ。」
「え,言えないんですか?」
ウタコさんが驚いた様子で,アキラさんに聴きました。

「うん,私とリサさんで,研究したことがあったんだけどさあ。これって音楽療法の効果じゃなくて,Aさんが慣れてきたとか季節とか,時間の要因もあるかもしれない,って言われるんじゃないかなあ,って。(「介護研究ーABABデザインを用いた研究ー」)」
「ああ,あのときはABABデザインにしたけど。。。」
「ABABデザインって何ですか?」
「簡単に言うとね,何も介入をしていないデザインをAデザインとして,介入をBデザインとするね。Aデザインと比べてBデザインで効果があったとしても,それは介入をしたからなのか,利用者さんが慣れたからとか季節の問題とか,その介入以外の要因の可能性があるじゃない?だから,いったん介入前のAデザインに戻すの。それで,効果が見られなくなって,またBデザインにして効果があれば,その介入の効果はあったと言える,というやり方なんだけど。」

「音楽療法をいったん中止する,ってことですか。」

ウタコさんは残念そうな顔をしています。
「そうだよねえ。」
「Aさんも毎週楽しみにしてるしなあ。」

3人は,考えに考えたあげく,研究に詳しいPTのマナブさんに相談しました。

マルチベースラインデザイン

「なるほど,僕もウタコさんの音楽療法は,いいなあって思いながら見てたんだ。」
「だから,音楽療法は中止したくないんですよー。」
「個別の効果の検討は難しいかもしれないけど,集団のコミュニケーションが増えたかどうかは検証できるんじゃないかなあ。」
「そうなんですか!?」

「うん,マルチベースラインデザインっていうんだけど。」
「うんうん。」
「つまりね,いまウタコさんはAさんを対象に音楽療法をやってるでしょ?それで効果が見られた。
じゃあ次に,別の曜日にAさんと同じような状態のBさんにも音楽療法をやってみる。それで効果が見られたら,時期や季節はあまり関係ないかな?ってなるよね。
さらに,時期をずらしてCさんでもはじめてみて効果があれば。。。」
「そうか,時間の要因は関係なくなる!」
「うん,ベースラインを複数とる,ってことだね。だから,マルチベースラインデザイン。ABABデザインと同じように,よく使われる研究方法だよ。」
「ありがとうございます!」

マルチベースラインのイメージ

「でも・・・」
ウタコさんは言いました。

「私,他の方のベースラインデータ,取ってないです。これは,同じ時期からベースラインを取っていないといけないんじゃ。。。」
「ああ,そうかあ。」

すると,マナブさんは,ふふっと笑いました。

「ウタコさんの計画を見せてもらっていたから,たぶん,こうなるんじゃないかと思ってね,レクの様子をビデオに撮るようにケンゴさんにお願いしてるんだよ。ちゃんと利用者さんやご家族の承諾も得てね。さすがに,一部の利用者さんだけなんだけど。」
「うわ!マナブさん男前!」
「マナブさん,ウタコちゃんのこと,狙ってるんじゃない?」
「いや,そういうわけじゃ。。。
とにかく,あとは主任や施設長が他の利用者さんでも音楽療法をやることを許してくれるかどうかだけどね。一時的にウタコさんが抜けちゃうわけだから。」

リサさんとアキラさん,そしてウタコさんが主任や施設長にお願いすると,「どんどんやってくれ!」とOKが出ました。
実は,Aさんだけに本格的な音楽療法が実施されていることで,不公平じゃないかと心配していたのです。

そこで,月曜日のAさんへの音楽療法は引き続き行い,水曜日はBさん,金曜日はCさんにそれぞれ音楽療法が行われることになりました。

説明のために簡単に書きましたが,マルチベースラインデザインは,同じ時期にベースラインを記録し始めるのと同時に,対象者も同じような状態の個人・集団で統一しなければマルチベースラインデザインは成り立ちません。今回の場合は,Aさん・Bさん・Cさんともに「利用者が同じような状況であった」と仮定していますが,実際には利用者像が異なることの方が多いんじゃないかと思います。
それでもできるだけ同じような状態像の個人で行うことにより,個人差の要因をできるだけ排除する必要があります。

後日談

ウタコさんは,他の利用者さんにも音楽療法を行い,「ウタコさんの音楽療法は,利用者さん同士のコミュニケーションを促す」ということが言えました。
個々の利用者さんへの効果については,貴重な事例としてまとめられ,法人内で共有されました。

施設長は,今回の研究結果と事例報告から,ウタコさんに同法人が経営するデイサービスでも音楽療法を実践してほしいとお願いしており,現在ベースラインのデータをウタコさんは取っているところです。
今度は,研究を始める前に失敗しないように,マナブさんとよく相談をして,始めるようです。

まとめ

ABABデザインは,対象者は一人でも検証できますが,一度Aデザインに戻さないといけない,という問題点があります。
それに対してマルチベースラインデザインは,一度ベースラインに戻す必要はありませんが,同じような状態の人を対象としなければならない,という問題点があります。
他にも,集団に対して介入を行う場合は,「介護研究 条件を比較する」で書いた内容を応用して,
「Aフロアでは介入を行い,介入を行わないBフロアと比較して検証する」
⇒「Bフロアでも介入を行う」
という方法も考えられます。

いずれにしても,事前にどのような研究方法が適しているのか,よく考えておくことが重要です。
他にも研究方法については,「自分たちの介護を研究したい!研究方法のまとめ」にいろいろ書いているので,参考にしてみてください。