介護研究ーABABデザインを用いた研究ー①

投稿者: | 2018年5月1日

介護施設の利用者は,それぞれがそれぞれに個性を持っている。
そのとき,個別の対応が必要になる場面も出てくるだろう。
その「個別の対応」が有効なのかどうか,検討することは意外と難しい。

ここでは,個別の対応の効果を検討する方法について,例を示しながら説明する。

入浴拒否の事例

特養で働く介護士のリサさんは,「介護研究 条件を比較する」や「介護研究-アンケート調査の方法-」での実績が認められ,施設の中では「研究と言えばリサさん!」と認識されるようになっていました。
リサさんもそれを悪くは思っていないようで,データから自分たちの取り組みの有効性を考えることが,楽しくなっていました。

「ねえ,リサさん,お願いがあるんだけど。」

同僚の介護士アキラさんが,リサさんに話しかけてきました。

「どうしたの?」
「あのね,私が担当している利用者のAさんのことなんだけど。」
「うん。」
「あの人,入浴拒否がすごく強いじゃない?この間も『うちで入るから,お風呂は入らないわ』って。もううちの特養に来て,2週間たつのに。さすがに,2週間入浴できないのはまずいから,今日は無理やりお風呂に入れたの。」
「ああ,大変だったねえ。」
「それでさ,Aさんの入浴で,どういう方法が効果があるのか,ちょっと研究できないかなあ。」

「うーん。じゃあ,主任のケンゴさんと相談してみようかあ。」

リサさんとアキラさんは,主任のケンゴさんに相談に行きました。

「うーん,そうだなあ。Aさんは,なんで入浴を嫌がってるんだろう。」
「それは,やっぱり『家に帰って入る』と言ってるので,自分が帰ると思ってることが原因じゃないでしょうか。」
「でもさ,それはただの言い訳であって,例えば他の人と一緒に入るのが嫌だとか,服を脱ぎ着するのがめんどうくさいとか,別の理由があるかもしれないじゃん。実際,そういう利用者,オレ何人も見てるからなあ。」
「そうかあ。」
「じゃあ,お風呂を他の人より早い時間にしてみようかあ。あ,ちょっと待って。その場合,入浴介助のバイトさんに少し早めに来てもらわなきゃだから。。。バイトさんに確認して,また連絡するわ。」
「わかりました。じゃあ,そこから,時間を変えてやってみます。」

入浴拒否にはさまざまなケースがあります。Aさんの場合,自分が特養に入所していることを理解しておらず,家から通ってきている,あるいは泊りだけど1泊くらいのものだ,と思っているのかもしれません。このように思って拒否をする方も少なくありません。詳しくは,「入浴拒否への対応」をご覧ください。

ベースラインの測定

「アキラさん,ちょっといい?」
主任と話した後に,帰り支度をはじめたアキラさんをリサさんは呼びとめました。

「バイトさんに確認がとれるまで,Aさんの入浴介助,どうするの?」
「うーん,いままで通り,一応入浴に誘って。。。だめだったらいままで通り清拭かなあ。」
「うん,じゃあ,入浴拒否があったかどうか,記録に残しておいてもらえる?」
「ああ,それはもちろん。でも,なんで?」

「前,足浴の効果を研究したことがあったでしょ?(介護研究 条件を比較する)あれで,よくわかったんだけど,何かの効果を研究するとき,それをやっていないときのデータも大事なんだよ。」
「なるほど。今回は,時間を変える前と,変えた後のデータを比較する,ってことか。だったら,いままでも入浴拒否があったかどうかは,ケース記録に書いてあるよ。」
「わかった。確認してみる。」

介入の効果を検討するとき,介入前のデータと介入後のデータを比較することで,「介入の効果」を検討することができます。このとき,介入前のデータをベースラインデータといいます。ベースラインの測定を行わないと,介入の効果をはっきりさせることができません。単純なことですが,とても重要な事です。何か介入の効果を検討したいのであれば,しっかりベースラインのデータをとっておきましょう。

介入開始!

主任のケンゴさんから,翌月からバイトさんが来れるので,時間を早めてもいいよ,と連絡がありました。
それまで,Aさんは,浴場までは行くものの,そこにいる他の利用者さんを見て,「やっぱりいいわ。うちで入るから。」と言って,ほとんどお風呂に入ることができませんでした。

リサさんたちの施設では,各利用者さんは週に3回の入浴日があります。
バイトさんの調整ができるまでの5週間,Aさんはほとんどお風呂に入らず,清拭で対応していました。2週間ほど入れない日が続くと,アキラさんたちは少し強引に,Aさんにお風呂に入ってもらっていました。

リサさんたちの施設は,午後の入浴は通常2時からですが,Aさんだけ昼食後すぐ,午後1時から一人だけで入浴することにしました。
リサさんとアキラさんは,Aさんをお風呂に誘いました。

「Aさん,お昼どうでした?」
「うん,おいしかった。ごちそうさま。」
「もう,歯も磨いたんですよね?」
「うん,磨いたわ。」
「じゃあ,Aさん,お風呂行きませんか?ここ広いお風呂があるんですよー。」
「お風呂?こんな昼間っから?」
「昼に入るお風呂は気持ちいいですよー。一緒に行きましょう。」
「うーん。でも私,着替え持ってないし。」
「着替え,私用意してます!バスタオルも全部!」
「あらそうなの,準備がいいのねえ。」
「さあ,こっち!行きましょう!」

少し強引に,アキラさんはAさんを誘って浴場に連れて行きました。

「あら,広いのね。誰もいない。」
「そうなんです!いまなら貸し切りですよ!」

Aさんは浴場をみて言いました。

「本当だ,貸し切りだ。いいわね。私,広いお風呂,大好きなの。」

リサさんとアキラさんは,こっそりガッツポーズ。

それ以降,Aさんは「今日は調子が悪いからいいわ。」とか,「今日は家で入るから入りません。」など,時々拒否をすることはありましたが,それでも以前よりも多く入浴することができるようになりました。

施設長からの指摘

施設内のケース会議で,アキラさんはAさんの現在の対応について発表しました。

「Aさんは,入所時より入浴拒否の強い方でした。そこで,主任と相談して,入浴時間を通常より1時間早い午後1時からにし,一人で入浴できるようにしました。それを行う前は,週3回の入浴のうち,入浴拒否があったのは平均2.8回でしたが,時間を変更すると入浴拒否の平均は0.6回まで減りました。」

上の図は,リサさんとアキラさんが一緒につくった資料です。
この資料を見ながら,施設長が質問しました。

「うん,たしかに入浴拒否の回数が減って,良くなったのはわかるんだけどさ。これ,時間を変更したからじゃなくて,ただ単にAさんがうちの施設に慣れたからじゃないの?」
「えっと,それは・・・」
「もしかしたら,最近暑くなってきたから,それで入ると言うようになったのかもしれない。」
「そうかもしれませんが・・・。」

アキラさんはリサさんに助けを求めるような視線を送りました。

「でも,Aさんは,『広いお風呂は好きだ』って,言ってました。」
リサさんは,アキラさんに助け舟を出しました。

「そりゃそういう人も多いでしょ。問題は,時間を早める必要があったのか,ってことなんだよ。」

リサさんとアキラさんは,主任のケンゴさんに目をやりましたが,ケンゴさんは視線をそらします。

「あのね,1時間お風呂を早めるということは,バイトさんにそれだけ早く準備をしてもらわないといけないし,フロアからAさんの入浴のためだけに,一人職員を入浴介助に回さなきゃいけないでしょ?もしAさんが他の人と一緒に入れるなら,みんなと一緒に2時から入れた方がいいと思うんだよ。もちろん,それが難しいなら,いままで通り,個別に対応した方がいい。
だからさ,少しの期間でいいから,Aさんを2時から誘ってみない?」

結局誰も施設長の意見に反論できず,会議は終わってしまいました。

おわりに

施設長から不十分な点を指摘されてしまったリサさんとアキラさん。
時間を変更した効果をはっきり言うためには,どうすればよかったのでしょうか?
介護研究ーABABデザインを用いた研究ー②」に続きます。


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