生きていてほしいと思うのは他人だから

投稿者: | 2018年1月26日

Dさんっていう女性の利用者さんがおって,

おしゃべりで,いつも

「ガスの元栓はしめたかなあ」

「あそこの電気つけっぱなしでもったいないよ。」

とか言いながらふらふら立ち歩く人。

 

「あんた,あいらぶゆーって言う人はいるの?」

と聞かれ,わしが笑うと,

「ああー,いるな。その笑い方はいるってことだ。ねえ?」

と他の利用者さんに言ったりする,そんなばあちゃん。

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たぶん,昔からすごい働き者で,

じゃけえ認知症になっても,

「あれをしなきゃ,これもしなきゃ」

っていつも思っとって,徘徊が絶えん。

 

先週の金曜日。

時間の都合の関係で,わしは一対一でDさんのお風呂介助をした。

耳が遠いけえ,普段からよく聞きまつがいをしとって。
いつもコミュケーションは変なんじゃけど,その日はいつも以上に変で。

なんかこっちの言葉がちゃんと聞こえとっても発語がずれとる。
一応,リーダーに報告。

夕食時,ご飯を食べようとするけど,箸が持てんDさん。
介護士みんな集まって,

「おかしいなあ,脳梗塞かなあ。」

って,ナースに診てもらう。

 

発熱。ごはんもほとんど食べれないまま部屋に戻って,ベットに横になる。

ほとんどの利用者の就寝介助が終わって,さあ帰るか。って思っとった頃。

「ごめん,ちょっとフロアに出てもらえる?」

と先輩に緊迫した声で言われた。

先輩,そのまま救急車を呼ぶ。

Dさんが,意識をなくして痙攣。呼吸困難。酸素吸入器をつけ,苦しそうに手がバタバタと動いていた姿を見てしまった。。。

わしは他の利用者さんの就寝介助。正直救急対応なんてまだできんし,そっちには人員は十分集まっとる。わしができる仕事は,他の利用者さんに落ち着いて寝てもらうこと。

リーダー,施設長,救護班が来て,救急隊員の人も来る。酸素吸入をしながらバイタルをはかる大きなよくわからん機械をつけられ,Dさんは運ばれた。

「脳外科専門の病院は,この辺は少ないから,受け入れ先の病院がなかなか見つからなくて。行くまでに結構時間がかかったみたい。」

一応救急搬送も終わって,先輩は暗い顔でそういった。

「ありがとう,もう帰っても大丈夫だよ。」

リーダーは,その日早番じゃったのに,また施設に戻って救急対応をして,救急車に同乗した。
あの状態を見て残された介護士達は,皆ほとんど諦めとって,空気が重かった。

 

「帰って,大丈夫」って。なにが「大丈夫」なんじゃろう。意味がわからん。

 

同僚と一緒に「大変だったね」とか,言いながらビールを飲みつつ駅まで歩く。

「オレも一回救急車に乗ったことあるけど,あの空気は絶望的だったよ。心臓マッサージすると,心拍は戻るんだけど,またすぐ止まるし。」

なんでわしは,仕事が終えて帰っとるんじゃろう,って思った。

出来ることはない,もう救急隊や病院に任せるしかない,ってわかりながら。
でも,Dさんはいま,戦っとる。

ウチには寝たきりの人もたくさんおる。
その中で,比較的元気な,というか認知症がひどいだけで,ADL的にはそこまで問題のないDさんが緊急事態になった,っていうのがショックだった。
まあ,それも失礼な話なんじゃろうけど。

よく走馬灯のように,っていうけど,Dさんの様々な表情が思い出されて,ああこのまま死んだら…。


後日,峠は月曜か火曜じゃろう,ってきいた。
火曜日仕事をしとったらとリーダーが,

「Dさん,意識戻ったって。すごい生命力だよね。オレ,あのときはもう無理だと思って,あとは安らかにいってもらうだけだと思ったんだけど。」

前みたいに歩けんけど,お見舞いに行ったリーダーの話だと,前以上に口は達者になっている,と笑いながら言っとった。

「まあ,前みたいには戻らないだろうけどね。4回目の脳梗塞だから。障害は残るだろうし。」

病院の次に死に直面することが多い職場。
頭では分かっとったけど,感情で経験するのはまた違う。

もしかしたら,自分の家族じゃったら,

「そんなに何回も苦しまんでもええよ。」

って思うんかもしれん。

でも,わしは,Dさんに帰ってきてほしかった。

また,Dさんの軽口をまた聴きたい。

自己中にもほどがあるわ,とか思いながら,いつものように酒を飲みつつ家路に向かった。


「あんた,あいらぶゆーって言う人はいるの?」

車いすに乗ったDさんがわしに聴いてきた。

わしが笑うと,

「ああー,いるな。その笑い方はいるってことだ。ねえ?」

と他の利用者さんにDさんは笑いながら話した。


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