これまで介護の研究法として,条件を比較する実験(介護研究 条件を比較する)やアンケート調査(介護研究-アンケート調査の方法-),単一事例の研究方法(介護研究ーABABデザインを用いた研究ー,音楽療法の効果を検証するーマルチベースラインデザインー)などを紹介してきた。
このような方法はすべて,「行動の回数」や行動が起こったか起こらなかったか「Yes / No」で表されるデータ(「01データ」)など,すべて数値化できるデータである。このようなデータを量的データという。
しかし,通常介護をしていると,このような量的データで表すことが難しいようなことが多くて,むしろそういうことをテーマに研究したいという人も多いかもしれない。ここではそのような量的データでは扱うことができない質的データを扱う研究について紹介する。
目次
介護の仕事を続ける理由
「リサさん,ちょっといいかな。」
リサさんが仕事を終えて帰る支度をしていると,施設長が声をかけてきました。
「この間の職員のストレスの調査,すごい参考になった(介護研究-アンケート調査の方法-)。ありがとう。
あの研究の結果を受けて,職員同士のレクリエーションを企画しようという話が進んでるんだ。バーベキューとかね。」
「いいですねえ。私の研究が役に立ったようで良かったです。」
「大助かりだよ。それでね,・・・」
リサさんは,嫌な予感がしました。
「もうすぐ来年度の職員の採用の準備に入るんだけどさ,前回の調査では『仕事を辞めたいと思った理由』とか『職場のストレス』について聞いてくれたじゃない?
今度は,この仕事を始めた理由や続けている理由について調査して欲しいんだ。」
「仕事を続ける理由,ですか?」
「そう。前回はネガティブなことを調査したけど,職員にとってウチの職場のいいところ,ポジティブなところがわかれば,アピールしやすいかなあ,と思って。職員からの声は説得力があるからね。」
「うーん。」
リサさんは少し悩みました。
「ね,お願い,残業つけていいから!」
「私一人じゃ無理なんで,アキラさんやマナブさんにも手伝ってもらいますけど。」
「二人の分の残業代も認める!」
「わかりました。じゃあ,やってみます。」
「よろしく頼むね。」
アンケートは,アンケートで準備した質問にしか答えてもらえない
「私とマナブさんが呼ばれたってことは・・・。」
「また,施設長に研究を頼まれた,ってことだよね?」
リサさんは,アキラさんとマナブさんを会議室に呼び出しました。
「そうなの。でも,今回は,残業代出してくれるって。」
「やったー!」
「っていうことは,施設長にとってもかなり大事な内容,ってことだ。」
「うん。これから新しい職員の募集の準備をはじめる,ってことでね。。。」
リサさんは,施設長から頼まれた内容を二人に話しました。
「いまの仕事を始めた理由や続けている理由かあ。」
「うーん,私の場合は,仕事を始めた理由は高校で介護福祉士の資格を取ったからかなあ。」
「私は,介護の資格を持っていれば,食いっぱぐれることはないかな,と思って。うち,初任者研修の資格を取るのに必要な費用は出してくれたから。」
「じゃあ,続けている理由は?」
マナブさんがアキラさんに尋ねました。
「お金のため?」
「でも,介護の仕事以外もいろいろあるでしょ?」
「うーん,介護しか経験したことないから,他の仕事はよくわからないなあ。」
「介護の仕事は好きなの?」
「うーん,嫌いじゃないけど。好きか?って言われると・・・」
「私も介護の仕事,嫌いじゃないよ。認知症の利用者さんと話すの楽しいし。」
リサさんが答えました。
「もちろん,嫌な部分もたくさんあるけど,利用者さんが楽しそうに活動している様子やご家族と話す機会があったりすると,やってて良かったな,と感じることもあるかなあ。」
「うーん,なんだか難しいね。」
3人は考えこんでしまいました。
「そもそも始めた理由は,人それぞれだと思うし。」
「続ける理由もいろいろあるよね。アキラさんみたいに,お金だったり,リサさんみたいにこの仕事が好きと言える人もいる。うちのチームのケイコさんは,専業主婦だったけど子どもの手が離れるようになって介護の仕事を始めた,って言ってたし。」
「まあ,わからないから,研究するんだもんね。」
「そうだね。」
「じゃあ,また前みたいに,アンケートを作ろうか。」
リサさんが言うと,マナブさんがいいました。
「ちょっと待って。」
「アンケートを作るにしても,ある程度結果が予測できないと,難しいんだよ。
アンケートの質問項目は,こちらがある程度答えを想定して,項目を作ったでしょ?
ストレスを感じている原因として,『上司との関係』,『部下との関係』とか項目を作れたのは,
ある程度こちらで『これがストレスに感じている人もいるかもなあ。』と予測ができたからじゃない?」
「うーん。じゃあ,自由記述を増やしてみれば?」
「自由記述が増えすぎると,アンケートの回収率は低くなるんだ。
今回は,こちらがどんな答えが返ってくるか予測するのは難しいよね。
アンケートは,アンケートで準備した質問にしか答えてもらえない。
だから,今回のような探索的な研究はアンケートじゃない方がいいと思うんだ。」
「アンケート以外で聴く,となると・・・」
「インタビューして,直接聴いた方がいいと思う。」
インタビューの種類
「インタビューって私やったことないなあ。受けたこともないし。」
アキラさんとリサさんが話していると,マナブさんがいいました。
「じゃあ,インタビューについて,簡単に説明するね。
研究で使うインタビューは『面接』と呼ばれるんだ。この面接にも大きく分けて,3種類ある。
まず,『構造化面接』ね。
構造化面接は,決められた項目を決められた順番に聴く方法。
メリットとしては,同じ項目を聴くから,聴く人によって答えが違うということは極力抑えられる。
デメリットは,こちらが準備したこと以外は聴けないということ。
2つ目は,『半構造化面接』
半構造化面接は,質問項目は準備しておくけど,会話の流れに合わせて質問の順番を変えたり,新しい質問を付け加える方法。
メリットは,最低限聴かなきゃいけない項目をおさえつつ,聴く人の判断でさらに突っ込んだ質問ができること。
デメリットは,聴く人の力量・判断で,回答者の答えが変わってきてしまうことかな。
あと,アンケート調査をするときも話したけど,質問の順番によって,回答者の回答が変わってくることもある。構造化面接をしたときと同じ質問をしたのに,質問の順番を変えることで,答えが変わる可能性もあることを抑えておかないといけないかな。
3つ目は,『非構造化面接』
これは,質問項目を詳しく決めずに,自由に話しながら聴いていく方法。
メリットは,日常的な会話に最も近いこと。だから,回答者の目線で,自然な形で情報をもらうことができる。
デメリットは,例えばAさん,Bさん,Cさんに対して,質問の内容が違うから,整理をすることが難しいこと。もちろん,聴く人によって,回答は全然変わってきてしまうことかな。」
「なるほど。どれくらい質問項目や順番をしっかり決めるか,っていうことが『構造化』っていうことね。」
「構造化面接が一番簡単そうだけど。でも,今回は答えが予測できないから,半構造化面接かなあ。」
「非構造化面接は,ちょっとハードル高いよね。」
「うん,僕も半構造化面接がいいと思う。」
個人に聴くのか,グループに聴くのか
「じゃあ,インタビューを個人に聴くのか,グループに聴くのかも考えようか。」
「そうか,一人一人に聴く方法もあるし,グループでいっぺんに聴く方法もあるのか。」
「うん。
個人に聴く場合は,その人の意見をしっかり聴くことができる。
聴かれる方も聴いているのは質問者だけだし,落ち着いて自分のペースで話すことができるよね。
それに対してグループに聴く場合は,お互いの意見が刺激し合う可能性もあるんだ。
質問に対してAさんが答えたことに反応して,Bさんがさらに情報を話してくれることもある。
一人ずつで聴いた時には出てこなかった意見が,グループだと出るということもある。
こんな風に,集団の意見が一人に影響を与えて,その一人の意見が集団にまた影響を与えることをグループダイナミクスっていうんだ。」
「たしかに,誰かが話したことで,『あ,そうそう,私も~!』っていうことはありそうだもんね。
でも,それって,よくしゃべる人の意見だけになってしまったりしない?」
「そうだね,そこは聴く人の力量によるんだけど。それがグループで聴くことのデメリットだよね。
グループダイナミクスに注目して,共通の経験や特徴を持つ人たちに対してグループで行うインタビューをフォーカス・グループ・インタビューっていうんだ。個人に聴く場合よりも,多くの情報が得られたり,時間的なコストもかからない,という面はメリットかな。」
リサさんがいいました。
「うーん,今回の場合は・・・。
仕事を始めた理由も続ける理由も,それぞれ違うと思うんだよね。もちろん,共通する部分もあるかもしれないけど。」
「そうだね。」
「それに,フォーカス・グループ・インタビューをできる自信がない。」
「うん,インタビュアーの力量はかなりいるからね。」
おわりに
マナブさんに,インタビューの方法についていろいろ教えてもらったリサさんたちは,半構造化面接を個人に行うことにしたようです。
さて,今度は何を聴いていくのか,質問項目を決めていかないといけません。
それについては,「介護研究ーインタビューガイドをつくるー」で説明します。
他の研究方法は,「自分たちの介護を研究したい!研究方法のまとめ」でまとめていますので,参考になさってください。
できれば多くの方に読んでいただきたいと思っております。
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