ヒトに接するヒト

投稿者: | 2018年1月9日

介護職を始めたころの思い出
脚色もしとるけえ,フィクションじゃと思ってください。

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大学を卒業後,特養で介護の仕事をはじめた。
仕事は楽しくて何の不満もなかったんじゃけど,
所沢から西武線にのって,世田谷近辺の職場まで。
朝の電車はほんまに辛かった。
ほんま,自分も含めてじゃけど,
毎日都心へ,電車に乗って通勤しようる人らはどこかおかしくなっとるんじゃないかと思う。

最初の一か月くらいは,入浴介助が主な仕事じゃった。
脱衣を手伝い,洗い場へ案内し,髪と身体を洗い,お風呂に入ってもらい,上がり湯をかけて,着衣を手伝う。
もちろん,全て手を引いて,利用者さんが転ばんように支える。

入浴介助は,みんな結構しんどいっていうけど,
わしは,それぞれの利用者さんと1対1で話せる機会が多くて
むしろ好きじゃった。


長い綺麗な黒髪で,紫色が少し入った眼鏡をかけた貴婦人のAさん。
結構な円背で,若干記憶が怪しくなることがある90歳くらいの方。
ショートステイの利用で,わしが入浴介助を担当した。

「こんにちは,よろしくおねがいします!」
「あら,いい男ね!」
「いやいやAさんもオシャレじゃないですかあ。
かっこいいメガネですねえ。」
「ああ,これね,いいでしょ。色を入れてもらったの。
シミ隠しよ。」
Aさんは笑いながら話した。

「私はね,腰がこんなに曲がっちゃって。
骨折して歩くのもちゃんと歩けないでしょ。」
わしが髪を洗っとると,Aさんは話し始めた。
「最近,物忘れも多いし。
身体も悪いし,頭も悪いし,悪いところばっかりだわ。」
「Aさん」
わしはそう言ったあと,Aさんが反応するまで待った。
「なに?」
「身体が悪くても,頭が悪くても,Aさんは顔がいいじゃないですか!」
「そうなの!顔だけはね!」

介助しとるときは,利用者さんの中にはネガティブな発言をする人もおる。
「こんなになってしまって。」
「昔はなんでもなかったのに。」

そういうとき,
「でも,男前ですね!うらやましい。」
「でも,お綺麗じゃないですか。こんなに綺麗な人を介護できるなんて,僕は幸せです!」
と外見を(少し誇張気味に)褒めるんが
わしの常套句。

「そうなのよ。」とのってくる人もおるし,
「なにバカなこと言ってんのよ」と笑いながら否定してくる人もおる。
緊張感を解くため。
利用者さんの気持ちをポジティブにするため。
介護を円滑に進めるため。
わしが1か月で身に付けた介護技術の一つ。

その時もそういう他愛のない話をはさみつつ,
Aさんの思い出話を聞いとった。

息子は皆,大学を出て,
いい企業に勤めている。
それぞれ家庭を持って自立して,
私には10人の孫がいる。
みんな自慢の息子だ。

突然,Aさんが泣き始めた。
「私にはね,四人の息子がいるけどね。
みんな,立派に育ってくれたんだけどね。
その息子達は誰もこんなふうに
髪を洗ってくれたりなんかしたことはないのよ。」

そしてAさんは,さらに涙を流してこう続けた。
「あなたは。あなたは・・・。
こんな汚いばばあの髪を洗ったりなんかしていたら,
あなたのお母様に申し訳ない。」

さすがにその時は,いつもの軽口で返すことができんかった。
「こんなに美しいAさんの髪を洗わせていただいて,
私は幸せ者です。」
って返しても良かったんじゃろうけど,その時のAさんのトーンから気が引けた。
「仕事ですから。」
っていう返事は,Aさんを安心させるようにも思えたし,落胆させるようにも思えた。

その時,わしはなんて返したんかよく覚えてない。
たぶん,「Aさんの髪を洗って,母が喜ぶことはあっても,不機嫌になるようなことはない。」
というような内容のことを返したんじゃと思う。
Aさんは,曲がった背中をさらに曲げて涙を流し,
「よく出来たお母様だ。」
と言った。

正解はなんじゃったんかな。
「今日帰ったら,お母さんの髪を洗ってあげます。」
これがいまの自分なりの正解かな。
きっとAさんなら,力強く「そうだ!」って言うと思う。

返しとしては大げさかもしれんけど,
「Aさんに学ばせてもらいました。」
「それを実践します。」
っていうことを伝えるべきじゃったと思う。

長い黒髪
オシャレなメガネ
お話を伺うと,
大正から昭和,平成を駆け抜けた
90歳の「強い母」

その強い母が流した涙を
わしは昨日のことのように覚えとる。

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