デイサービスに協力していただき,「お仕事ポイント」の研究を行いました。(4)の続きです。
目次
お仕事ポイントの効果まとめ
たった1か月という短い期間で行われた「お仕事ポイント」だけど,このプログラムで,本当にたくさんの変化が起きている。これを少し整理してみたいと思う。
利用者同士のコミュニケーションの促進
「デイサービスの中は,動きも会話も少なかった。
なぜなら,職員数が少ないことを理由に,全体的な見渡す見守りを中心としていた。
利用者同士も隣席同士でも話すことは少なかった。」
デイサービス相談員の記録によれば,プログラム開始前の状況はこのようなものだった。
指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準,第九十二条によれば,「指定居宅サービスに該当する通所介護(以下「指定通所介護」という。)の事業は、要介護状態となった場合においても、その利用者が可能な限りその居宅において、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう生活機能の維持又は向上を目指し、必要な日常生活上の世話及び機能訓練を行うことにより、利用者の社会的孤立感の解消及び心身の機能の維持並びに利用者の家族の身体的及び精神的負担の軽減を図るものでなければならない。」
この利用者の社会的孤立感の解消ということを目的は,デイサービスに強く求められていることだが,知り合いでもない高齢者を集め,そこの交流を促進するということは,なかなか難しい。
高齢により耳が遠くなったり,認知機能の低下により理解ができないなどの器質的な問題,知らない人同士の集まりなので話題が尽きるなどの人間関係の問題,レクリエーションなどを実施しても単発的なものが多いなどの施設サービスの問題などが挙げられ,利用者同士のコミュニケーションを促進することは非常に困難である。
今回のプログラムで,POPが与えた影響は,本当に大きいと感じた。デイサービスに協力していただき,「お仕事ポイント」の研究を行いました。(4)にも書いたように,プログラムを利用者の皆さんに周知する効果もそうだが,他の利用者がやっていることを理解できる,ということは非常に大きい。
初対面の人に話しかけるというのは,実は非常に難しい。おそらく共有できそうな話題を挙げて,話しかけるのが普通だろう。
デイサービスという場面では,他利用者と話す必要性は低い。もちろん,お話し好きな利用者はいろいろと話しかけるかもしれないが,先に挙げたような理由もあるし,相手が何を考えているのかわからない状況で話しかけるというのは,なかなかハードルは高い。
しかし,「お仕事ポイント」を導入することで,他の利用者がやっていること,そしてその意図が,なんとなくでもわかる。そうすると,話をするきっかけにもなるし,場合によっては手伝う場面も見られた。利用者は,それぞれが行っている仕事の目標を理解しているため,お互いに助け合うような行動も生まれやすく,これも非言語的なコミュニケーションを促進していると捉えることができる。
また,同じ「お仕事」を一緒にすることでも会話は生まれる。例えば,「これは難しいね。」と誰かが何となく言えば,「そうなんだよ,特にここが。」とか,「それはね,こうしたらいいよ。」などの発言が誘発される。単に感想を言い合う,教えあう,協力するなど,同じ目標に向かって仕事をしているので,それを達成することが共通の目標となり,話題も生まれやすい。
「お仕事」がない状況でテーブルに座っているだけの時より,はるかにコミュニケーションが促進されやすいことは想像できる。
また,本プログラムのお仕事には「レクリエーションの協力」といった,必然的に他者と関わる仕事も含まれていた。例えば職員が輪投げの輪を渡せば,職員と利用者のコミュニケーションは生まれるであろう。しかし,本来職員が行うこのお仕事を利用者に渡すことで,利用者と利用者のコミュニケーションを誘発している。
コミュニケーションのきっかけがつかめれば,それがさらなる会話に発展する可能性は高い。楽しい会話は,高齢者の自律神経系に影響を与え,ポジティブな効果を生む可能性が指摘されている。
ご本人がデイサービスに行く目的をみつける
また,先に挙げたデイサービスの目的は,第三者から見てのものだが,高齢者自身からみたデイサービスに通う目的とはなんだろうか。多くの人は,機能訓練を挙げると思うが,目的を持たずにデイサービスに「通わされている」利用者も少なくないだろう。
他者との交流がなかったり,目的もなくデイサービスに通わされたりするのであれば,デイサービスに行くことに消極的になる利用者が多いのもうなずける話だ。
私は,これらの問題を解決するためには,デイサービスに利用者の「居場所」があることが重要であると考える。では,「居場所」と思ってもらえるためにはどうすればいいのかと考えたとき,それは「役割」に近いのではないかと考えた。
今回の「お仕事ポイント」の参加者は,これらのお仕事が自分の「役割」とまで思っている方は少なかったかもしれない。お仕事は,やりたくないときはやらなくてもよい,「ちょっと手伝ってやるか」くらいのものだ。ただ,デイサービスで「やることがある」ことにより,デイサービスに行く目的が「お仕事」になっていると思われる利用者もいた。
例えばAさんは,「よだきい(大分弁で,めんどくさい,だるいなどの意味)」が口癖で,どのような活動にも参加しない女性の利用者であった。胸椎圧迫骨折があり,頸椎・腰椎は固定,要介護2であった。施設内は歩行器を利用して歩行できるが,立位や歩行に負担があるため,進んで動こうとはされなかったと考えられる。
しかしAさんは,「お仕事ポイント」にはまり,1か月で150ポイントを獲得した。ポイントを効率良く稼ぐために,最初は「タオル干し」が3ポイントもらえるため,そちらを積極的にやっていたが,広告を折って小さなごみ箱を作る「ゴミ箱折り」は5個で2ポイントもらえるため,こちらの方が効率的だと気付き,以降「ゴミ箱折り」を積極的に行った。
普段の生活でも職員に何かできることはないか積極的に声をかけるなど,職員から見てAさんの生活の様子が大きく変わったという。
Aさんにとっては,デイサービスに行くことが,「お仕事」をしてポイントを貯めることが目的に変化していったのだろう。これによって,デイサービスに自分の「居場所」に近い感覚を持ってもらえたのではないかと推察する。
本プログラムの「お仕事」は,誰もが自宅で当たり前のようにしていた生活動作である。それでも「仕事」として認められ,ポイントがもらえるという本プログラムは,利用者の積極性を高めるのに貢献しているのではないかと考えられる。
職員の利用者観の変化
もうひとつ考えておきたいのが,職員の利用者に対する見方の変化である。
プログラムは,デイサービスの職員に日頃関わっている利用者を考えて作成してもらった。通常なら,利用者のできないこと,介護が必要なことに焦点があたるが,この作業により,それぞれの利用者が「できること」に焦点をあてることになる。
実際,デイサービスの相談員は,「〇〇さんもできるかな,と思って声をかけてみたら,上手にやってくれて驚いた。」と報告してくれた。福祉の領域では,ストレングスに注目することの重要性が強調されるが,「お仕事ポイント」のプログラムを考えること,そして実践することは,これを促進することにつながると考えられる。
また,「お仕事」をした利用者に対して,職員は感謝を述べながらポイントシールを貼っていく。これも利用者にポジティブな影響を与えるだろうが,同時に職員の利用者観に変化を与える可能性も考えらる。
デイサービスの相談員によれば,「最初は,職員がする仕事を利用者に手伝ってもらうことに少し抵抗を感じた。」という。しかし,実際にやってみると,多くの利用者が積極的にやってくれた。そこで,これらの「お仕事」は,誰もが自宅で当たり前のようにしていた生活動作であることに気が付いたという。
まとめにかえて
認知症ケアにおいては,Tom Kitwood(1997)によって提唱されたPerson-Centered Careの理念がめざましい発展をとげた。Person-Centered Careとは「その人を中心としたケア」という意味であり,これまでの医学モデルと異なり,「その個人を最大限に尊重することにより認知症の経過に変化をもたらす」という考え方を基盤とし,現在では日本の認知症ケアの基本的な考え方となっている。
Tom Kitwoodは,「悪性の社会心理」の一つとして,「デスエンパワーメント」を挙げている。これは「本人がもっている能力を使わせないこと,本人がやり始めた行為を最後までやり遂げる手助けをしないこと」とされ,認知症の人の人格を奪うとした。
高齢者福祉の目的は,単に高齢者のお世話をすることではなく,福祉を推進することだろう。そう考えると,ご本人がやりたいと思えるような活動を積極的に促すことも必要であろうと考えられる。
重要なのは,「できる環境」をつくること。そして「やることを許される環境」にすることだろう。
「お仕事ポイント」は,仕掛けとしては簡単だけど,効果としてはとても大きい。是非,多くの施設の参考になればと思っている。
本記事の内容は,栗延孟(2020)「要介護高齢者が自身の役割を意識できるプログラムの開発と効果の検証-デイサービスにおけるお仕事ポイントプログラムの取り組み―」.日本文理大学紀要48(1),55-63.に加筆修正を加えたものです。
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https://kurumiyasan.com/blog/2021/07/02/1024/