強く押す

投稿者: | 2018年1月12日

わしがいつもネタにする話。


Cさんは,いっつも踊ったり歌ったりしとる陽気な女性。
認知症は進んどるけど,
昔は小学校の先生で,
周りの人にはほんまに優しい。

わしがフロアで他の利用者さんの食事介助をしとったら,
Cさんが食事を終えて立ち上がった。

「おどりおどる~な~ら~
ちょいと東京音頭~」

いつものように自然と口ずさんで,
自然と身体が踊り始める。

「お,Cさん,いいですね~」

適当に声をかけながら,
わしは,食事介助を進めとった。

同時に食事介助をするのは,
大体3~4人。
スプーンなんかで口に運んで,
その人が飲み込む間に,
別の人の口に運ぶ。
あまり時間が経つと呑み込みが悪くなるけえ,
わりと時間との勝負。

ふと,Cさんの東京音頭がとまったことに気がついた。
どうしたんじゃろう,と思って見てみると,
Cさんはジーっと壁を見つめていた。

いや,壁じゃない。
火災報知器だ。

瞬間,わしは立ち上がったけど,
もう遅い。

Cさんは,ボタンに指をあてた。
そして,一度その指を引いて,
「えい!」の掛け声と同時に,
つきゆびしてしまうんじゃないか,っていうくらいの勢いで,
ボタンを押した。

けたたましく鳴るサイレンの音。
その音に驚いて,Cさんはパニック状態。
わしもパニック状態。
そんな状態で,Cさんに尋ねた。

「なんで押したの?」

Cさん,泣きそう。

「だって,『強く押す』って,
書いてあったから。」

わしは,「なるほど~」って納得させられた。


一見,理解しづらい認知症の人の行動。
不安を訴えたり,
夕方になったら「帰る」って言いだしたり,
徘徊したり。

こういう行動は,
認知症の周辺症状(BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)
って言われるもので,
最近は,Challenging Behaviorって言われることもある。
そして,その行動には,
本人なりの理由がある,って言われとる。

Cさんの行動は,まさにそれ。

「強く押す」って書いてあった。
じゃけえ,つきゆびするくらいの勢いで
「強く押した」

なんの不思議もないCさんの行動。
むしろ,わしらがあの表示を見て,
強く押さん方が不思議なくらい。

この一件は,わしが大学院で,
認知症の人の見え方,聴こえ方,とらえ方を
研究しようと思うきっかけになった事件。


その施設の非常ボタンは,消防署と直結しとった。
じゃけえ,押した瞬間に消防車出動。

非常ベルの騒動が一段落して,
わしは,Cさんを入浴に誘った。
ボタンを押したのが15分ほど前のこと。
もちろんCさんは,そのことを忘れとる。

「すみません。利用者さんが押してしまって。
はい。。。」

エレベーターの前までCさんを連れて行くと,
主任がかけつけた消防隊の人に,
事情を説明しとるところじゃった。

Cさんはわしを見て,
「あらあ,何かあったの?
大変そうねえ。」
と言った。


できれば多くの方に読んでいただきたいと思っております。

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