葛藤を感じながら

投稿者: | 2018年1月22日
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まだ,看取りとか,
施設でほとんどやっとらんかった時代の日記。

介護って,ほんま不思議だらけじゃと思う。

「これが正しい!」
って思っとらんだけ,
まだいいかなあ。


身体が不自由になって,
認知機能に障害をきたして,
介護全般を拒否する利用者さんがおる。

耳が遠いけえ声かけも聞こえてないっぽいし,
聞こえたとして,たぶん理解できとらん。

そういう人からしてみれば,
たとえばベッドから車椅子に移乗するだけでも,

「なんか誰かにつかまれた!
身体を抱えられて持ち上げられた!
どっかに動かされとる!」

としか感じられん訳で,
それってたぶん,
もんのすごく恐い。

当然拒否をする。
腕に爪を立てたり,言葉にならん声をあげたり。

目もよく見えんけえ,
周りの状況もよくわからん。

その人の気持ちがわかる,なんて言えんけど,
恐いんじゃろうと思う。ほんまに。
でも自分じゃあ,ほとんど動けん訳で,
ほっとかれたら死ぬしかない。

食事介助
味は感じとるんかなあ。
なんかよくわからんどろどろの物を
口の中に流し込まれる。
おいしいとか感じられるのか。
たぶん恐いと思う。

そういう人にとって,
介護っていうのは,たぶん全て恐いだけのもので,
介護を受けなければ死んでしまうなんて,考える余裕もなくて。

そんな生活の様々な場面が恐怖で満ちとるのって,どうなんじゃろう。
いっそ死んでしまった方が,この人にとっては幸せなんじゃないんかなあ。
わしがしたいんは,介護「福祉」
時々,だれのための福祉なんかなあ,って考えてしまう。

たしかに、家族や周囲の人にとっては,生きて欲しい存在だと思う。
わしだって,その人に接しとる人間の一人として,
コミュニケーションはとれんくっても,
生きてほしいと思う。

でも,周囲の人さえ認知できないその利用者さんにとっては・・・。
生活のほとんど全ての活動に,
ただただ恐怖しか感じられんようなその利用者さんにとっては・・・。

彼・彼女は生きとるんじゃなくて,
生かされとるんじゃ。

そう思うと,
わしは自分のしとることに
罪の意識を感じてしまう。

「ごめんね」
と小さな声で言いながら,
スプーンを口に運ぶ。

利用者さんはやっぱり死にたくはないじゃろう。
でも,訳のわからんことをされて,
それに何ら抵抗する術ももたんかったら,
それはほんまに恐怖なんじゃと思う。

介護の仕事しとる,
なんて言うと,
まるで聖者の如く扱われることもあるけど,
たぶんその利用者さんにとって,
わしは鬼畜じゃ。

仕事じゃけえやるけど,
もし家族がこんな状態になったら,
わしは自分のエゴだけで,
介護を続けるんじゃろうか。

こんなふうに思うけえ,
その利用者さんが,笑ったりすると,
ほんまに抱きしめたくなる。

介護士がおらんところで,
いい夢を見られることを無責任に願うことくらいしか,
わしにはできんのんかなあ。

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