強く押す

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わしがいつもネタにする話。

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Cさんは,いっつも踊ったり歌ったりしとる陽気な女性。
認知症は進んどるけど,
昔は小学校の先生で,
周りの人にはほんまに優しい。

わしがフロアで他の利用者さんの食事介助をしとったら,
Cさんが食事を終えて立ち上がった。

「おどりおどる~な~ら~
 ちょいと東京音頭~」

いつものように自然と口ずさんで,
自然と身体が踊り始める。

「お,Cさん,いいですね~」

適当に声をかけながら,
わしは,食事介助を進めとった。

同時に食事介助をするのは,
大体3~4人。
スプーンなんかで口に運んで,
その人が飲み込む間に,
別の人の口に運ぶ。
あまり時間が経つと呑み込みが悪くなるけえ,
わりと時間との勝負。

ふと,Cさんの東京音頭がとまったことに気がついた。
どうしたんじゃろう,と思って見てみると,
Cさんはジーっと壁を見つめていた。

いや,壁じゃない。
火災報知器だ。

瞬間,わしは立ち上がったけど,
もう遅い。

Cさんは,ボタンに指をあてた。
そして,一度その指を引いて,
「えい!」の掛け声と同時に,
つきゆびしてしまうんじゃないか,っていうくらいの勢いで,
ボタンを押した。

けたたましく鳴るサイレンの音。
その音に驚いて,Cさんはパニック状態。
わしもパニック状態。
そんな状態で,Cさんに尋ねた。

「なんで押したの?」

Cさん,泣きそう。

「だって,『強く押す』って,
 書いてあったから。」

わしは,「なるほど~」って納得させられた。

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一見,理解しづらい認知症の人の行動。
不安を訴えたり,
夕方になったら「帰る」って言いだしたり,
徘徊したり。

こういう行動は,
認知症の周辺症状(BPSD:Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)
って言われるもので,
最近は,Challenging Behaviorって言われることもある。
そして,その行動には,
本人なりの理由がある,って言われとる。

Cさんの行動は,まさにそれ。

「強く押す」って書いてあった。
じゃけえ,つきゆびするくらいの勢いで
「強く押した」

なんの不思議もないCさんの行動。
むしろ,わしらがあの表示を見て,
強く押さん方が不思議なくらい。

この一件は,わしが大学院で,
認知症の人の見え方,聴こえ方,とらえ方を
研究しようと思うきっかけになった事件。

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その施設の非常ボタンは,消防署と直結しとった。
じゃけえ,押した瞬間に消防車出動。

非常ベルの騒動が一段落して,
わしは,Cさんを入浴に誘った。
ボタンを押したのが15分ほど前のこと。
もちろんCさんは,そのことを忘れとる。

「すみません。利用者さんが押してしまって。
 はい。。。」

エレベーターの前までCさんを連れて行くと,
主任がかけつけた消防隊の人に,
事情を説明しとるところじゃった。

Cさんはわしを見て,
「あらあ,何かあったの?
 大変そうねえ。」
と言った。

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